創価学会員の皆さんへ/第八章 法華講を知らない創価学会員に/法華講には、信心の歓喜がないのではないか

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法華講には、信心の歓喜がないのではないか
創価学会員がよく口にする「歓喜(かんき)」とは、「大声で笑い、拍手をして騒ぐ興奮状態」のことのようですが、歓喜とはそもそも仏教用語であり、その意味は、仏法を聴聞(ちょうもん)し、信ずる心を得て身心ともに喜びを感ずるということです。
したがって歓喜には、正しい教え、正しい信心がその基(もと)になければなりません。

日蓮大聖人は『御義口伝(おんぎくでん)』に、
「南無妙法蓮華経は大歓喜(だいかんぎ)の中の大歓喜なり」(御書1801頁)
と仰せです。すなわち真実の大歓喜とは、正法正義の根本法体である本門戒壇(ほんもんかいだん)の大御本尊を信じ、「南無妙法蓮華経」と唱題することによって、自己の生命の中に仏界を涌現(ゆげん)させることをいうのです。
仏縁(ぶつえん)深くして正法にめぐり合った法華講員は、誰もが深い感謝と大いなる喜びを胸に、御法主上人の御指南に随順(ずいじゅん)して、仏道修行に精進しているのです。

法華講では、講習会に参加して御法主上人より直々(じきじき)に御講義を受けることができます。末寺においても、僧侶の法話などをとおして日蓮大聖人の仏法を学び、法華講員同士が互いに御本尊の功徳と信心の喜びを語り合っています。そこに一貫して流れるのは、真摯(しんし)な求道心(ぐどうしん)と正法を受持できた感謝の一念です。
この法華講員の姿こそ、正しい仏法にもとづいた真の歓喜というべきなのです。

正法から離れた創価学会には、真実の歓喜はありません。そこには、浮(うわ)ついた万歳三唱や勝鬨(かちどき)などの喧噪(けんそう)、他人の悪口や個人攻撃による嘲笑(ちょうしょう)といった、異常な集団的興奮があるのみです。

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