正しい宗教と信仰【日蓮正宗】/第五節 正しい信仰を求めている人へ/宗教の世界は、科学的根拠や証明があいまいではないか

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宗教の世界は、科学的根拠や証明があいまいではないか
「科学的」とはいったいなんでしょう。ふつう科学とは、物事や現象について、その性質・変化・他との関係などを実験を通して体系化し、応用を考える学問のことです。
この科学の基本となる道理が因果律です。すなわち一定の物事(因)が一定の条件と作用(縁)によって、一定の結果を生ずること、たとえば酸素と水素を一定条件のもとで化合すれば、誰がいつどこで行っても、かならず水を生ずるようなものです。この普遍的(ふへんてき)な因果律が「科学的」という言葉の意味だと思います。

さてこの原則をもって現在の多様化した宗団・宗派を見ると、質問のような「あいまい」な、しかも一見してインチキとわかるような宗教がたくさんあります。
なかには教祖が発狂状態になったことを「神が宿った」と称して支離滅裂な言葉を神のお告げとして崇(あが)めるものや、祭壇に供えた水は霊験があるといって病状を無視して多量の水を飲ませるもの、あるいは煙に触れるだけで無病息災(むびょうそくさい)になると説く宗教など、道理にかなった教義がまったくない宗教や迷信としかいいようのない宗教も数多くあります。

このようないかがわしい宗教を別として、文証・理証・現証に照らして正当な宗教についていえば、我々がある事実(宗教)を科学的な眼をもって研究することは大切なことですが、現在の科学的知識で計れないからという理由で、現実の事象を否定したり「非科学的」と決めつけることは、それこそ「非科学的な態度」というべきでしょう。

近代の科学は物質文明の中で発達し、多大の貢献をしてきましたが、精神文明、ことに人間の心に関してはまったく手つかずの状態です。にもかかわらず、仏が人間生命の本質と法界の真理を深く観達して説かれた仏法を、人智の集積ともいうべき現代の科学をもって証明しようというのは無理な話です。
それはあたかも、尺とり虫が自分の歩幅と歩数で、空を飛ぶ鳥の飛距離を計ろうとしているのに似ています。
もしどうしても、日蓮大聖人の仏法を道理と現証という科学的説明によって論証せよというのならば、釈尊の予証のとおり現実の濁世(じょくせ)に出現された日蓮大聖人が、予証どおり大難に遭(あ)いながら一切衆生を成仏せしめんと大慈悲をもって、大御本尊を図顕建立(ずけんこんりゅう)された事実、そしてそれを信ずる多くの人々が大聖人のお言葉どおり、歓喜と希望に満ちた人生を歩んでいるという実証こそ「科学的」現実そのものではありませんか。

将来、科学が仏法をどこまで証明できるかわかりませんが、人間を生命の根本から蘇生(そせい)させ、豊かな生命力を涌現(ゆげん)させる仏法が700年間、日蓮正宗総本山・富士大石寺に厳然と伝えられ、未来永劫(みらいえいごう)にわたって全世界の民衆を救済得道せんと威光(いこう)をもって照らされている事実を知るべきでしょう。

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